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福島県の被害

 

 

 福島県は、沖合の全域が震源域となり、宮城県や茨城県と共に激震であった。津波の被害としては、浸水面積は112㎢と岩手県を上回っている。 しかし、福島県の沿岸部は漁港が少なく、港を中心とした市街地形成が成り立ちにくい県であった(日本の漁港一覧によると、岩手県111箇所と宮城県114箇所に対して、福島県10箇所)。

 

 沿岸市町村の中心市街地は、海岸線より数キロ内陸にあったため、浸水域人口は7万人弱、浸水域の人口密度は600人/km²と、ともに3県で最も少なく、犠牲者数も比例して少なく済んだと言える(ただし、浸水域の人口が宮城県の5分の1で、犠牲者が6分の1であるため、犠牲率で見るとほぼ同じである)。

 

福島県沿岸は、仙台市以南から千葉県まで続く単調な海岸線で、過去に津波の伝承すら皆無だったために、住民の意識の低い中で津波に襲われた。 広大な震源域の中に存在した3箇所の大きな断層破壊の1つが茨城県北部近海であり、県南部のいわき市に最も早く津波が到達して北上し、宮城県沖で発生して南下してきた津波の動きと複雑に交わったと見られる。

 

 福島第一原子力発電所付近(大熊町)で15m、隣接する富岡町付近で20mと、周囲に比べても地形に特段の違いがないにも関わらず極端に高い津波高を観測している事から、この付近では南北方向からの津波が増幅し合ったと推測される。

 

 漁港のある自治体で100人以上の犠牲者があり、相馬市で約450人、南相馬市で650人以上、いわき市で約350人以上、浪江町で200人弱、新地町で100人以上が犠牲になるなど、甚大な被害を受けた。この他に、双葉郡の双葉町、大熊町、富岡町、楢葉町、広野町の沿岸も大きな被害が出たが、沿岸集落がごく小規模かほとんどなかったため、それぞれ数十人の犠牲者であった。

 

 双葉郡は漁港が未発達で産業に乏しかった過去から、積極的に東京電力の電力供給地となり、福島第一原子力発電所、福島第二原子力発電所、広野火力発電所と日本有数の電力供給源になっていた。 そこを津波が襲来し、日本がかつて経験した事のない全電源喪失による福島第一原子力発電所事故の発生へと繋がっていく。

 

 大熊町では、双葉病院に入院中の認知症患者と、隣接する老人介護施設の高齢者のうち227人が一時取り残された。原子炉が水素爆発して20~30キロ圏内の住民10万人以上が周囲に避難する混乱の中、132人は医師・看護師を同乗させないまま観光用バスに乗せられ、13時間かけて200キロ移動した。残りの95人は5日後に自衛隊によって救助されたが、最終的に50人が衰弱死した。

 

 このように、福島県では強制的な避難によって避難所を転々とする中で高齢者の犠牲になる事例が多く、震災関連死の認定者数も最も多い。

 

 また、放射性物質の拡散は双葉郡に留まらず福島県の広範囲に広がった。12日20時には25キロ北の南相馬市で20μSV/h、15日4時には40キロ南のいわき市で24μSV/hの最大値を計測した。晴れていたため風と共に通り過ぎる一時的な上昇であり、時間と共に低減していった。

 

 最も深刻な被害を及ぼしたのは、3月15日6時頃に発生した2号機の圧力抑制室の損傷である。9時には正門付近で11,930μSv/hを計測し、最大量の放射性物質が放出されたとみられるこの日は、午後には南東からの風に乗り、北西方面へと流れた。40キロ離れた飯舘村では16時に23μSV/hと急上昇し18時半には45μSV/h、伊達市を経由し、60キロ離れた福島市でも17時に22μSV/hと急上昇し19時半には24μSV/hを計測した。

 

 南東の風が長時間続き、高濃度の放射性物質が流れ込んでいる所に、不運な事に17時ごろから県内各地で雨(雪)が降り始めたため、放射性物質は地面に落ちて土壌に沈着した。このため、北西方面に伸びるように深刻な土壌汚染を引き起こし、そこから発する放射性物質は長期に渡ってさまざまな被害を及ぼした。

 

 飯舘村や伊達郡川俣町の一部は1ヶ月後、伊達市の一部は3ヶ月後に避難指定を受けたが、福島市などの中通り北部を中心に母子避難や妊婦避難など数万人単位の自主避難者が発生した。

 

 地震の揺れ自体でも、福島県は被害は大きく、犠牲者数も最も多かった。 内陸の中通り地方でも被害が目立ち、白河市では六反山が大規模に崩落し13人が犠牲に、須賀川市では藤沼ダムが決壊し土石流となって下流の集落を押し流し8人が犠牲[66]、郡山市では市役所の一部が倒壊し1人犠牲になるなどした。

 

 この白河市から郡山市にかけての中通り中南部は他県の内陸市町村に比べて家屋損壊も際立っており、矢吹町では総戸数の30%の家屋が全半壊、郡山市では2万戸が全半壊、これは共に津波被害のない内陸市町村としては最大であった。

 

 また1ヶ月後の4月11日には、いわき市南部の井戸沢断層付近を震源とする内陸直下型地震(福島県浜通り地震)が発生(震度6弱)した。この地震により、井戸沢断層と塩ノ平断層、また市内中部の湯ノ岳断層が同時多発的に数十キロに渡ってそれぞれずれ動き、市内至る所で断層の出現や土砂崩れ、地割れが相次ぎ4人が犠牲となった。

 

 

「東日本大震災」の書誌情報

項目名: 東日本大震災

著作者: ウィキペディアの執筆者

発行所: ウィキペディア日本語版

更新日時: 2013年8月1日 22:33 (UTC)

取得日時: 2013年8月2日 13:36 (UTC)

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