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岩手県の被害

 

 岩手県の被害は津波によるものが中心であった。

岩手県沿岸は、海岸線近くまで山地が迫り、平地が狭いという地形のため、浸水面積は58㎢と3県では最も小さかった。しかし、その狭い平地に漁港と市街地が広がっていたため、浸水域の人口は約11万人であり、浸水域の人口密度は1,900人/km²と3県で最も大きかった。

 

 宮古市以南は津波高が増すリアス式海岸のため、津波常襲地域であり、津波への対策(防波堤・防潮堤)の規模は日本随一であった。過去の津波の伝承や石碑が至る所に残り、住民の防災意識も高く、多くの人々が避難行動を取ったが、想定を大きく上回る規模の津波が押し寄せたため、甚大な被害を受けた。

 

 陸前高田市では、市民会館や市民体育館などの指定避難所の多くがほぼ天井まで水没して避難者の大半が亡くなり、市街地全域が壊滅的被害を受けた。高田病院で4階まで浸水し27人が亡くなるなど、1,800人弱の犠牲者を出した。市職員も3分の1弱にあたる113人が犠牲になり、浸水域人口に対する犠牲者率は、宮城県女川町に次いで高く、大槌町と同率の11.72%であった。

 

 大槌町では、役場で災害対策本部の準備をしていた職員60人中、当時の町長である加藤宏暉[54]を含め30人以上が亡くなるなど、1,300人弱が犠牲になった。また、火災も発生した。浸水域人口に対する犠牲者率は、宮城県女川町に次いで高く、陸前高田市と同率の11.72%であった。

 

 釜石市では、指定避難所ではなかったにもかかわらず避難訓練が行われていた鵜住居地区防災センターで推定100人以上が亡くなるなど、特に鵜住居地区が壊滅的な被害を受け約1,050人が犠牲となった。元新日鉄釜石ラグビー部の選手であり、釜石ラグビー協会会長だった佐野正文[55]や、マスターズ陸上で世界記録を持っていた104歳の下川原孝[56]も犠牲となった。また、ギネス世界記録にも認定されていた世界最深の釜石港湾口防波堤が破壊された[57]。

 

 山田町では、介護老人保健施設「シーサイドかろ」で88人が亡くなるなど、750人以上が犠牲となった。また、津波に加えて大火も発生した。

 

 宮古市の田老地区は、総延長2433mのX字型、海抜10mの巨大な防潮堤が城壁のように地区を取り囲んでおり、住民は万里の長城と呼び、「津波防災の町」を宣言するほどであったが、それを破壊、越流した津波により地区全体で185人が亡くなるなど、500人以上が犠牲となった。

 

 大船渡市では、特別養護老人ホーム「さんりくの園」で62人がなくなるなど、400人以上が犠牲となった。

この他に、野田村や田野畑村でも甚大な被害を受けた。

 

 

「東日本大震災」の書誌情報

項目名: 東日本大震災

著作者: ウィキペディアの執筆者

発行所: ウィキペディア日本語版

更新日時: 2013年8月1日 22:33 (UTC)

取得日時: 2013年8月2日 13:36 (UTC)

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