特集ワイド:「忘災」の原発列島 再稼働は許されるのか エネミックスの議論、にじむ「結論」ありき
毎日新聞 2015年03月18日 東京夕刊
2030年の電源別の割合を示す電源構成(エネルギーミックス)をどう示すのか。その議論が経済産業省の有識者会議で進められている。同省は再生可能エネルギーの拡充を図ろうとする一方、原発の維持をもくろむ。東日本大震災から4年。福島第1原発の過酷事故は既に「過去」なのか。【瀬尾忠義】
◇「再生可能」割合で先進国に後れ CO2削減技術で世界貢献を
「会議に再生エネの専門家を入れていないのは、ユニークな委員構成です」。自然エネルギー財団の大林ミカ事業局長は、有識者会議の名簿を見ながらそう批判する。同財団を震災後に設立したのは孫正義ソフトバンク社長で、再生エネを基盤とする社会構築を目指して活動している。
有識者会議では、10年度で全発電量の28・6%を占めた原発の割合をどこまで減らすのかが焦点だ。政府が昨年4月に閣議決定したエネルギー基本計画で「原発依存度を可能な限り低減する」との方向性を打ち出したことを受け、今春にも電源構成を決める。財団から選ばれなかったから批判するのではない。この委員構成では「再生エネの拡充に枠をはめてしまう議論のゴールが見えるようです」と大林氏は危惧するのだ。
同省の別の有識者会議も委員構成の偏りが指摘されている。「発電コスト検証ワーキンググループ(WG)」で、検証結果は電源構成を左右する。「電力側に寄った委員構成だ」。民主党の馬淵澄夫衆院議員は1月29日の衆院予算委員会で、WGの委員7人のうち、電力業界が資金を出す地球環境産業技術研究機構から2人が選ばれたことを問題視した。宮沢洋一経産相は「個人の経歴や能力を評価して選んだ」と答弁し、問題はないとの認識を示した。
官僚のやり口を元経産省官僚の古賀茂明氏が解説する。「10人の会議ならば政府寄り5人、中立派3人、反対派2人にします。そして会議外で懐柔や泣き落としで政府寄りの勢力を増やす。ただ、安倍晋三政権では、最初から政府寄りの委員構成にしても『能力があるから』と反論し、批判されても気にしていません」。二つの会議からは政府の傲慢な姿勢が透けて見えるのだ。
同省は原発依存度を15〜25%に設定する方針だ。古賀氏は「原発は『重要なベースロード電源』となったので、経産省と電力会社は『原発を維持する根拠ができた』と安堵(あんど)している。同省は今後、全基再稼働を前提とした上で電力会社の経営を勘案しながら、下げ幅を決めるのでしょう」と語る。
そもそも放っておけば原発依存度は低減する。原発の運転期間を40年に制限するルールを厳格に適用すると、30年には全原発48基のうち30基が廃炉になり、建設中のJパワー(電源開発)の大間原発(青森県)や中国電力島根原発3号機の稼働を織り込んでも、原発依存度は15%程度だ。25%程度を目指すのであれば、運転期間を最長60年に延長したり、原発を建て替えたりすることが必要になるはずだ。だが、政府は「原発の新増設、リプレース(建て替え)は現時点で想定していない」(宮沢経産相)と繰り返している。
ここに「官僚のレトリックがある」と古賀氏。「『絶対にやらない』とは言わない。だからいずれは『重要なベースロード電源が5〜10%という低い割合でいいのか』と提起し、増設やリプレースに向けた議論を進めるはずです」
議論の出発点がおかしいと語るのが、「原発に頼らなくても日本は成長できる」などの著書がある日本大の円居(えんきょ)総一教授(経済学)だ。「電源の選択や組み合わせは経済全体の視点から論じなければならない。なのに、電力会社の経営をどう安定させるのかというミクロの視点から抜け出せていない」。原発を再稼働させないと火力発電の燃料費が増え、経営が悪化するという論が最たるものだ。
「技術革新で地中深くの頁岩(けつがん)(シェール)層に眠る原油とガスの採取を実現したシェール革命が、世界のエネルギー事情を一変させたのを忘れていませんか。安価で安定的な資源確保は容易になったのです」。円居教授の試算によると、シェール革命で石油は約100年、天然ガスは約185年に残存年数が延び価格も急落した。「リスクの軽減と経済効率性、環境性を考えた戦略的な組み合わせは火力プラス再生エネ、さらに火力を水素燃料に替えていくことなのです」と主張する。
原発不要論には「温室効果ガス排出削減目標をどうするのか」との反論が付きまとう。原発は発電時に二酸化炭素(CO2)を排出しないからだ。円居教授は、原発事故は多大な環境破壊をもたらすとした上で、こう論ずる。「火力発電の熱効率化に関する日本の技術は世界トップ水準。ならば石炭火力の排出量が多い国に、日本の高い技術を供与すれば排出削減に貢献できます」。中国、米国、インドのCO2排出量は世界の総排出量の半分弱を占める。「Jパワーは、この3カ国に日本の高技術を供与すれば、12年の日本の総排出量12・2億トンを上回る削減ができると試算している。日本の火力発電を全て原発に置き換えるよりも大きな効果が期待できるのです」。技術供与による相手国の削減分は供与した国の分として勘案されるので、原発に依存する理屈は成り立たなくなる。
再生エネに原発依存度を下げる力はないのだろうか。電源構成の議論を見据えて、自然エネルギー財団は「日本のエネルギー転換戦略の提案」を発表し、30年度時点では原発を稼働させる必要性はないと主張している。
提言の要旨は次の通りだ。20年間、本気で取り組んでいない「省エネ」を推進すれば、電力量は30年度までに10年度比で30%の削減が可能(現在は8%減を実現)▽固定価格買い取り制度(FIT)開始後の状況を踏まえれば、再生エネの事業可能性は高く、30%の省エネが実現した時の再生エネの割合は45%程度▽残りの供給は高効率化が進んだ天然ガス発電などで可能−−。
だが、政府が再生エネに向ける目は冷ややかだ。電力会社による太陽光発電の買い取り停止問題でFITを変更したことがいい例だ。実際、経産省は30年の再生エネの割合を2割超と想定していることを、有識者会議に提示した。大林氏は「EU(欧州連合)は30年に45%、米国カリフォルニアが50%という目標を設定したように、電力の40%以上を再生エネで賄うのは先進国標準なのです」。日本は既に再生エネで後れを取っている。
脱原発を進める市民団体「原子力市民委員会」の満田(みつた)夏花座長代理は電力の大規模供給という考えから転換すべきだと訴える。「太陽光や温泉地などの地熱発電は、市民が参加できるという魅力があり、エネルギーの『地産地消』を進めれば地域活性化にもつながります」
原発に依存しない社会をつくる決意はどこへ行ったか。結論ありきの議論ほどばかばかしく、福島の教訓をないがしろにするものはあるまい。